グルメは人間の本能的行動

本来、グルメとは料理の味や知識について詳しいことや、それらのことを詳しく知っている人物、それらを追求する美食家を差す言葉です。

大食いだとか、食を楽しむためだけに使われる言葉がグルマンであり、グルメと共有されることはありませんが、そこは外来語、日本では食に関するアピールはすべてグルメであり、グルマンが使われることはありません。

もっとも、食に精通していて格式を求める時はきちんと日本語で「食通」と表現されますが。

グルメは時に社会的倫理からかけ離れた食の追求を行います。

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新鮮な筍料理を味わうために、旬になると竹林を丸ごと焼いて土の中の筍を蒸し焼きにしたり、本マグロを1本買いしてお腹の部分(つまり大トロですね)の、もっとも脂が乗っているところだけをステーキにしたり、もっと歴史を遡ればローマ時代の食道楽や中国の満漢全席に行き当たります。

これ、バカバカしいとは思いますか?

いえいえ、日本の中流階級にもしっかりとグルメ志向があります。

それを刺激したのが昨今の一流レストランや料亭のメニュー誤表示ですね。

誤表示の料理をありがたがって食べたからといって恥じることはありません。

なにしろ人類の一部(日本の中流階級を含めて)が飽食の時代なんて呼ばれるようになってから100年も経っていないのです。

人間のDNAのなかには、人類誕生から脈々と受け継がれてきた飢餓感があり、また飢餓感のDNAには食物をいかにして美味にするか、つまり食べられる状態にするかという人間の知恵も含まれているのです。

美味しいものを求めるというのは人間の本能なのです。

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