意外と歴史が浅い日本の醤油

出汁と並んで代表的な液体調味料といえば醤油ですね。

江戸時代の狂歌師、大田蜀山人は、「世を捨てて 山に入るとも味噌醤油 酒の通ひ路 無くてかなはじ」と詠みました。

現代でも長期海外旅行に出かける際、醤油を持参する人は少なからずいるでしょう。

今でこそ食卓に欠かせない醤油、世界100カ国以上に輸出され、日本の伝統的な味として知られていますが、現在のような形になったのは味噌や出汁に比べてずっと新しく、江戸時代に入ってからのことです。

醤油は味噌と同じように、大豆と小麦を発酵させ、それに塩を混ぜて作りますが、世界中、とくにアジアには醤油に先立って魚や肉発酵させ、それに塩を混ぜて調味料とする醤が数多く存在していました。

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日本でも秋田には古くから魚と塩で発酵させた魚醤、しょっつるがありますね。

日本で魚や肉を使わず大豆を使って最初の醤、味噌を作ったのは大豆の方が大量生産に向いていること、それから香りや味が日本人好みだったからでしょう。

醤油の最初は発酵食品である金山寺味噌から分離した液、つまり溜まりを調味料として使った説が有力ですが、定かではありません。

この溜まりが生まれたのはまだ江戸に幕府が開闢される前、鎌倉から室町時代の話です。

やがて江戸文化が盛んになると上方から「下りてきた」醤油が高価だったこと、塩味が強い今で言う薄口だったことから関東独自の醤油が現在の千葉、下総の銚子で作られるようになりました。

関東の醤油が江戸の食生活に大きな影響を及ぼしたことは蕎麦の出汁や江戸前寿司の浸けを考えれば誰でも推測できることでしょう。

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