「ここではないどこかへ」という行動原理

葛飾北斎や江戸っ子の例を見るまでもなく、モノを持たない生活を始めると腰が軽くなって引っ越しも当然、ラクになります。

海が見える場所へ引っ越し、飽きたら緑に囲まれた山の麓に、土地の食べ物がおいしい場所とかにも行きたいし、深夜でも眠らない街で過ごしてみるのも悪くありません。

モノを持たない生活は人間が持つプリミティブな行動原理、ここではないどこかへ、という移動を繰り返す本能を呼び覚まします。

漂泊、という言葉がありますが、モノを持たない生活を始めると精神的な漂泊が実感できるでしょう。

月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也、の序文で始まる「おくのほそ道」を書いた松尾芭蕉は俳人になってから江戸を拠点としていましたが、天和の大火で芭蕉庵を消失してからは棲家を持つことの儚さを感じ、以後は「更科紀行」や「おくのほそ道」で知られるように日本中を行脚、最後は門人であった之道の家で亡くなっています。

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松尾芭蕉もまた、モノを持たない生活者であり、モノを持つことよりも見たことのない景色、聞いたことのない音の感動を欲する求道者でした。

モノを持たない生活とは、物欲とは違った欲望を感じたことから始まるのでしょう。

その欲望に対して忠実な下僕となることも厭わない、という姿勢が生まれた時、漂泊は本人に取って至上の喜びにつながるのかもしれません。

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