モノが淘汰されるのを待つのも方法

さて、ここまで読んでモノを持たない生活は意外と大変なことに気がつかれたことでしょう。

モノへの執着がなくなり、次に棲家への執着も消え、最終的にはお金の執着もなくなって漂泊の人生を歩むことが究極のモノを持たない生活となります。

ただの漂泊者、あるいは何かを求めるための漂泊者になっても違いはなく、漂泊者に貴賎はありません。

もちろん、物事は白と黒だけではないので究極のモノを持たない生活者にならなくても構わないし、そもそも、そこまで求道的になることもまた、執着と考えることができます。

結果として、漂泊の人になっちゃった、という感じがベストなんですけれどね。

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モノを持たない生活に憧れ、モノの整理を惜しみながら行う人はモノを持たない生活なんてする必要がありません。

あれこれ迷いながら、最終的に細々と整理して取っておく、というのはモノを持たない生活に反する行為なのです。

でも、モノを持たない生活ができないからといって嘆く必要はありません。

モノを持たない生活は経験から結果として辿り着く道なのです。

世に数多いる異性から1人だけの伴侶が見つかるように(もちろん見つかった相手が失敗だったということもありますが)、モノもやがて不必要、邪魔なものは淘汰されていきます。

自分のライフスタイルが明確になるほど、本当に必要なモノは欲望を具現化するための必須アイテムとして残っていきます。

それが分かるまで、急いでモノを持たない生活を求める理由なんてないのですから。

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